それってつまり結局は

TEAM NACSとジャニーズのブログ。

北海学園大学演劇研究会まとめ~ポジ×ネガのワンツー~

私は幼稚園の時にSMAPを好きになってから、20年程ジャニヲタ人生を送ってきた。こんなにどっぷり浸かっているし、ジャニーズには魅力的なグループがいくつもあるため、ジャニーズ以外の人を追いかけることは無いと思っていた。

 
そんな時に彗星の如く現れたのが、面長で天パの、とてもイケメンとは言えないよく喋る男だった。
 
短い文章で片付けてしまえば、風邪をひいていて明日も早いのに寝るのを邪魔された男の文句なのだが、立て板に水とはこのことだ、と驚くほどのトーク。彼が舞台役者であることも大きいと思われるが、コメディドラマでも無いのに噛まずに面白いことを面白いテンポで話す人間を初めて見た。
 
そしてあれよあれよという間にTEAM NACSにハマっていた。理由は分かっている。5人組だったからだ。SMAP、嵐を好きになった私が大好物の基本データだ。(もしかしたら『木更津キャッツアイ』を好きになったのも5人組が要因かもしれない)
 
リーダーがリーダーと呼ばれていて、上二人は夫婦のようで、自他共に認める仲良し二人組がいて、末っ子がいて。彼らにあって、ジャニーズに無いものも大いにあり、それはそれは魅力的だった。その彼らの持つ、ジャニーズに無いものとは、友達から始まり、自分達で仕事仲間になることを選んだということ。
 
私は友達と仕事をしようと思ったことはまだない。しかも彼らの友達としてのスタートは、ハタチ前後の大学時代。小さい頃から一緒だった訳ではない。
 
これはかなり興味深い事だった。とても探究心を引き寄せられる事実。確かに垣間見える、仕事仲間ではない親友に戻る瞬間。私は以前、このブログでも書いたが、TEAM NACSについていつかはまとめなければならないと思っていた。
 
さて、常日頃、FAN TAN、いやTEAM NACSについていつかはまとめなければならないと思っていた。何故なら、TEAM NACSはジャニーズではないからだ。ジャニーズ事務所に所属しているタレントには莫大な数のファンがいて、中には「歩くジャニーズ百科事典では?」と思うほど詳しい人も少なくはない。もはやジャニーズは文化だ。(石田純一の名言と似てしまったのはショック)
しかし、TEAM NACSは北海道のローカルタレントだ。いくら全国公演の舞台で7万人を動員しようとも、きたえーるや真駒内アイスアリーナを満席にできようとも、主演映画がヒットしようとも、5人揃うレギュラー番組は北海道でしか放送していなく、CSやBSでも一切放送していなく(来年ついに特番で全国放送するらしい)ジャニーズよりファンの数は少なく、それはつまりファンさえも貴重な人材である。
ジャニーズの場合、エピソードなどは誰かがまとめてくれるだろうと思っていると誰かがまとめてくれたりするし、自分が好きになったのが遅くとも、好きになる前の若い頃の姿を見る方法は大いにある。
しかし、しがないローカルタレントは全てが貴重になってしまうのだ。「あれ、あの話いつのラジオだったっけ」なんて思って検索して見ても出てこないことも沢山あるのだ。
 ならば、己を信じて己を百科事典にするしかない。いつ見たってグッとくるエピソードを、いつも見れるようにしたい。  
FAN TANの2014年総括 - それってつまり結局は
 
そして、年表と言えば、私がV6ファンになってすぐに見かけ、以降本気で私のバイブルとなっているさささんの素晴らしいブログエントリー長野博Jr.時代」。あんなにファンブログを読んで感動したことはない。長野くんがデビューしてくれて本当に良かった。
 
さささんのように上手にまとめることは難しいが、ギャグ漫画かよというエピソードを多々お持ちのTEAM NACSの皆さんの年表なら中々面白い所までいけるのではないかと思い、まとめることにした。二番煎じも甚だしく、煎じたってなんも味出ねえよ、ってくらいさささんとはレベルが違いますが、憧れてブログを更新することを受け入れてくださったさささんに感謝します!
 
はじめにTEAM NACSのプロフィールを紹介しておく。
 
以下の順番は、北海学園大学演劇研究会時代の学年順である。安田・戸次・大泉は年齢が同じであるが、安田は現役、戸次は一浪して入学している。なお、大泉は二浪しているため学年的には現役で入学した音尾と同学年だが、年上であるため4番となっている。 
1番「NACSリーダー」
森崎博之(もりさき ひろゆき、1971年11月14日 - )北海道東川町出身。血液型:O型。身長:178cm。二男の父。ファンを子顔という。
2番「NACSちんちん」
安田顕(やすだ けん、1973年12月8日 - )北海道室蘭市出身。サブリーダー。血液型:A型。身長:174cm。一女の父。ファンを安田国民という。
3番「NACSハンサム」(「NACSびんぼう」とも呼ばれる。)
戸次重幸(とつぎ しげゆき 、本名:佐藤重幸(さとう しげゆき)1973年11月7日 - )北海道札幌市西区(現:手稲区)出身。血液型:O型。身長:173cm。メンバー唯一の未婚。ファンを子残念という。
4番「NACSべしゃり」
大泉洋(おおいずみ よう、1973年4月3日 - )北海道江別市出身。血液型:B型。身長:178cm。既婚。一女の父。ファンを子猫という。
5番「NACS離れ目」(「NACS末っ子」とも)
音尾琢真(おとお たくま、1976年3月21日 - )北海道旭川市出身。血液型:O型。身長:170cm。既婚。ファンを子魚という。
 
Wikipediaより。

 ダ・ヴィンチ 2012年 02月号 [雑誌]

ダ・ヴィンチ 2012年 02月号 [雑誌]

安田さんの「NACS◯◯」についてはスルーしてください。彼は脱ぎキャラであると理解していただければそれでいいです。Wikipediaにも載ってしまっているので…。しかしこのNACS番号は非常に使えるもだと思っています。上二人を表すコンビ名がワンツーというのは有名ですが、140文字しか打てないTwitterにおいて名字の漢字二文字使わずとも表現できるということに、個人的に重宝しています。
 
かなり前置きが長くなりましたが、いよいよ始めます!映像からの引用は多少言い回しが違うかもしれませんがご容赦を。
  
 
  • 1990年4月

森崎博之北海学園大学法学部入学。

北海道旭川西高校から指定校推薦で入学。小学校の時からクラス委員をやったり、合唱コンクールでは指揮者をしたり、学校祭でみんなをまとめたりと昔からリーダー気質だった森崎さん。学校祭なども大好きで、高校時代はバンドやダンスも経験した森崎さんは、サークルの新入生勧誘で演劇研究会を見つけます。
 
高校時代に物凄く燃えたのが学校祭。その時からリーダーでした。とにかく学祭が好きだったり、あと僕バンドも趣味でやってたんで、準備をして仲間たちと一緒にやれることがいいぞ、と思ってて。そういう意味で考えていくと選択肢の一番最後の方に「あぁ、芝居っつーのもあるなぁ」と思って。で、選択肢の中で考えていくと、「一番総合的にできるのは芝居だなぁ、そういえば昔から学芸会とか好きだったぞ」と思って。じゃあ、やってみようかって*1
 
安田さんが入部してくるまでの2年間の森崎さんについての話は、あまり聞かないので分かりません。しかし、情熱的な人ですし、新入生の中でも演劇に対して熱心だったのではないでしょうか。率先して先輩の手伝いをしたりしていたかは微妙です。なんせ、森崎さんは学生時代かなり尖っていたからです。演劇にハマったが故に、割と自分の価値観を押し付けてしまいがちで、メンバーはよく「学生時代のリーダーはジャイアンだった」と言っています。2012年にはリーダーとして「守りながら攻めている」*2と発言していますが、当時は攻めてばっかりだったようです。
 
  • 1992年4月
 
北海道室蘭栄高校を卒業後、目指していた札幌の別の大学に落ちてしまい、滑り止めの北海学園大学へ。エッセイで「志望校に一つもひっかからなかった」と語っていた時は納得がいきました。室蘭栄高校そこそこ頭いいですもんね。 
北海道室蘭市本町一丁目四十六番地 (幻冬舎文庫)
 

余談として、後に年表で話しますが大泉さんが東京の大学を目指していて、一年目に受かったけれどお兄さんの早稲田を超えたくて浪人二年目を選び、失敗して学園大に入ったことと、戸次さんが大学には行かずに東京に行って芝居をしようとしていたけどお母さんに泣いて止められて渋々地元の学園大に入ったことは有名ですが、(追記)音尾さんは芸大に受かっていたけれど、ご両親の反対で渋々北海学園へ。*3入学理由を聞いたことのない森崎さんは指定校推薦で「あんまり勉強せずに大学生活も楽しめるちょっとレベル下げた大学」に入ろうと思っていたのではないかと思っています。レベル下げたといっても、就職に影響なんて全くしないちゃんとした大学ですし、私的にみんなの出身高校の偏差値を考えるともうちょっといい大学も目指せたはずだと思うので、納得がいきます。(出身高校の偏差値見ちゃう気持ち悪さすいません)それもこれも大学で出会って共に演劇を始める運命だと思っていますし、何より出会う前からみんな同じくらいの偏差値のグループって個人的にちょっと面白い。

 
さて、話は逸れましたが、お父様の影響で洋楽が好きであった安田さん。すぐに演劇研究会には入らず、ジャズ研究会に入部しました。しかし、自分には雰囲気が合わずグリークラブ、ESSと転々とします。ESSでは英語でのディスカッション大会でブライテストホープ賞を貰うほど、期待の新人でした。
 
日本語ではほとんど喋らないのに英語ではよく喋る安田さんがESSに入ったのは、大尊敬するジョンレノンの影響だと思われます。本気でジョンレノンになりたかった安田さんは何を思ったのか、大学デビューはなんのその、髪を伸ばし始め、一年後に戸次さんが入学した際には自分なりのジョンレノンになっていました。後に戸次さんが当時の安田先輩についてこう語っています。
 
戸次:胸まで髪の毛があって、丸い眼鏡をかけて、汚いカーキ色のジャンバーを着て、布テープで『ヤス』ってデッカく書いてある小豆色の紙袋(通称:ヤスバッグ)をどこ行くにも持ち歩いてて、とにかく気持ち悪いんだよ!*4

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↑本物のヤスバッグ。『ヤス』の間に破けたの補強してるから『ヤノス』に見えるのがツボです。

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当時を再現した安田さん。これは気持ち悪い。(失礼)

 
そんなかなり変わった人間、安田さんは毎年10月に行われる北海学園大学の学園祭・十月祭の模擬店で、やけに楽しそうに騒いでいる隣を見つけます。それは演劇研究会。
 
安田:その時学園祭で、ぼくは焼きそばを焼いていたんですよ。で、隣がちょうど演劇研究会で。すごい楽しそうに団子を売ってたんです。それがすごく明るくてね。「あ、ここちょっと楽しそうだ」と思って演劇研究会に入った。
森崎:安田さんは、その時楽しいところを求めてたんですね。(中略)演劇研究会は、今では学園祭では公演をやってるんだけど、当時はお芝居ではなく団子を売ることに燃えてたわけ。同級生に団子屋の知り合いがいて、その人から団子を安く仕入れて売っていたの。4個つなぎの小ちゃい団子だよ。味もあんとしょうゆだけ。演劇団子だかなんだかっていうような名前にして売ってて、僕がその団子屋の主人だったわけ。*5
  
後に東京の証券会社に就職して一年目に社長賞でハワイ旅行をもらうほどの商売上手、森崎さん。当時すでに部内で中心的メンバーだったようです。
 
そして安田さんは今までやったこともない演劇研究会に入部することになるのですが、この時の安田さんは現状を打破しようと考えていたのかな、と思います。幼少期から暗くて一人遊びが好きだった安田さん。今でも一人で佇んでいる時が幸せと発言したり、趣味が一人酒だったりしますが、決して一人ぼっちが一番いい人ではありません。心のどこかで仲間と騒ぎたかったのだと思います。だから楽しそうに騒いでいた、明るく見えた演劇研究会に入部したのでしょう。
 
以前、安田さんは初めて東京公演を行う際に、みんなでスーパーに出かけたのに、「先に帰る」と言い出し、挙句東京の街でひとり迷子になったことがあります。*6そのエピソードを聴いた当初は、ちょっと我慢して付き合って、みんなと一緒に帰ればよかったのに、と思っていましたが、後にメンバーと距離を置く理由を、安田さんはこう語っていました。 
 
正直、飽きちゃったら終わりだと思っているんです。だから普段もなるべく別の行動をとっていたほうが、一緒に何かをやるときに楽しいような気がして。(中略)『一緒に暮らしていても、初めて知ることってあるんだね』というようなセリフがあったんです。その感覚がすごく素敵だと思うし、僕自身そういう発見をしていきたいんです*7
 
全く、不器用な人です。しかし、不器用な上に当時は気持ち悪かった安田さん(ごめんね顕さん)と仲良くなれたのが他のメンバーです。小中高とほとんど友達がいなく、ぶっちゃけいじめられっ子だった安田さん。小学校時代のエピソードを話すと大体「それはいじめでは…?」と思って私はあんまり笑えない安田さん。唯一無二だと思うほどとても面白い人間なのに、見た目の暗さで誰も踏み込んでくれなかった安田さん。
 
かつて番組の心理テストで、親友と考えている人の人数を当てるというもので、大泉さんは結構本気トーンで「安田ってさ、俺たち以外に友達いるの…?」聞いていました。高校の柔道部で今でも年末年始に会うお友達がお二人いるそうですが、そのお二人以外には、おそらく学生時代の友達はメンバー、もしくはメンバーと共通の演劇研究会の部員だけかな、なんて思います。
  
そんな本気で友達のいない安田さんに、見た目ではなく中身で仲良くなったのが他のメンバーだったのです。確かに、他の部員も安田さんとは仲良くしていました。しかし、安田さんを見て「面白い奴だな!」とピンときて素直にそれを表現したのが他のメンバーだと思っています。彼らはそういう人です。だから大学時代からの関係性のままここまで来れたのでしょう。
 
前述の大泉さんと「お前らなんて友達じゃねぇよバカ野郎!」とギャグを言えるほどの友達になれた安田さん。嬉しかったでしょうね、本当に良かった。個人的に、メンバーの中に安田さんと正反対の、小学校から明るくて人気者だった大泉さんがいるのが、とても素敵なことだと思います。
 
  • 1992年12月

安田顕、演劇研究会に入部。

 ついに二学年差(追記情報)2回目の2年生の森崎さんと安田さんが出会います。森崎さんすでに留年済だった(笑)。

安田:「おう、君が安田か」なんて言いながら、どしどし入ってきたのを覚えてますよ。ジーパンの中にシャツを入れて、ジャケット着てね。あの頃は、仲間から「野獣」って呼ばれるくらいエネルギッシュな方でね。それが今じゃすっかり落ち着いてしまって……なにせパソコンのデスクトップが石庭ですからね。
全員:ハハハハ。
音尾:侘び寂びの世界に入っちゃった。
安田:それに趣味は、朝の散歩ですから。
戸次:最近は、食べるもの全部「しょっぱい」って言ってるしね。
大泉:あと、どこに行っても……。
全員:「寒いなー」(笑)。*8 
リーダーとしてみんなを引っ張ってきたぶん、大変なことをいっぱい経験して、僕らの倍近く生きてきたと思うんです。だから年齢以上に落ち着いちゃったのかなって。*9
そんな森崎さんが落ち着く20年ほど前の当時、演劇研究会ではよくカラオケに行ってパンツ一枚で騒ぐというTHE・大学生といった遊びがあったのですが、森崎先輩は新入部員の安田さんを誘いました。その誘いが良かったのか悪かったのか…いや、後々を考えれば彼の伝統芸になることなので良かったということにしますが、グリークラブに入っておきながら歌に自信のなかった安田さんは、「少しでもみんなに喜んでもらおう」と森崎先輩の誘いに歌ではなく全裸になるという行為で応えてしまいます。安田さんの思考回路は本当に摩訶不思議。
 
森崎:あいつはもう一枚脱いだから「これは変態だ」と。
全員:ハハハハ。
音尾:じゃあ、先輩が無理やり脱がせて、クセになったとかではなく……。
森崎:もちろん自発的ですよ。だんだん彼の中で自我が芽生えたんでしょうね。「オレはもっと上にいけるぞ」と。そしたら、オレたちが恥ずかしくて脱げなくなっちゃって。
大泉:まあ、そうだろうね。全部出すヤツがいるのに、パンツで終われないよね。
森崎:懐かしいなぁ、あの頃。*10
 
森崎さんが懐かしんでいるように、このパンツ一枚芸は全部脱いでしまう安田さんのお陰で、大泉さんたちが入部する頃には無くなっていたようです。まぁ、冷静に考えて現役入学した森崎さんと二年浪人している大泉さんが出会うことは通常の在籍年数ではありえないことで、森崎さんの同期はとっくに卒業していたからでしょうね。
 
しかし、これを機に森崎先輩は安田さんを「面白い奴だ!」と発見し、以降安田さんのことを側に置くようになります。そして見出されたのが嬉しかったのか、安田さんは社交的になっていきます。 
 
安田:いや、意外と…周りを緩和する役じゃなかったですか?ぼく。
森崎:誰と喋ってもちゃんとうまく順応してもらえるような感じでしたよね。究極の新入りでしたよ。
安田:こういう言い方はすごく語弊があるけど…当時、森崎さんって同期からイジられる方だったんですよね。なんかトラブルがあると「森崎のせいだ」みたいな感じになっちゃうわけですよ。なぜかね。そういう中でもぼくは、まぁ自分のことを褒めてもあれだけども、その同期の人たちとも仲良くして、森崎さんにも手を差し伸べるっていうかねぇ。
森崎:そう、当時はうまくいかなかったんですよ。ぼくはよその劇団で新しいモノを持ってこようとしてたりして、それでちょっと仲違いがあったりして。でもそんなのを安田さんがすごくフォローしてくれて。「いやー、いい人じゃないっすかー」みたいに振る舞ってくれて、それで見事に調和してくれてたよね。ぼくはもう、そんな顕ちゃんの苦労は全く知らずに「とにかくお前、ウチで酒飲むか?」みたいに、顕ちゃんを毎日ウチに呼んで酒を飲みましたね。
安田:飲みましたなぁ。*11
 もはや森崎先輩の右腕的な存在になっていた安田さん。尖っていた森崎先輩が感情的になって言葉足らずに他の部員と衝突する度に、森崎先輩には決して言わずに他の部員と仲を取り持ってくれていたようです。 
 
安田:この10年常に僕はネガティブなことばっかりあなたに言ってきたじゃないですか。でもどうですか?ともに歩んでいるわけでしょ(笑)?あなたはずっとポジティブに頑張っているわけでしょ?そのあなたと一緒に僕はずっとネガティブなことを言って、でも同じ道を歩んで、一緒に階段を上ってるわけじゃないですか。究極のポジネガティブだと思うんですよね。
森崎:あ〜〜
安田:そうでしょ?
森崎:よく分かりませんが…だからともに歩んできたんですかね?ポジとネガで。
安田:普通はやれてないでしょ?*12
 
噛み合ってるのかイマイチ分からない所がポジネガティブ。私の中で、大泉さんを知って意外とマイナス思考な人間だと感じてから、NACS内の陰と陽はこの二人です。傍から見たら大泉さんとのほうが陰と陽が当てはまりそうですが。
 
何より他の誰にも真似できない安田さんの演技力を当時から買っていた森崎さん。現在も森崎さんは、本公演の度に安田さんに主演でなくともキーパーソンとして、一番いい役を与えています。個人的に笑ったのは、2002年に、安田さんが1996年以来のTEAM NACS主演となった時に森崎さんが意気揚々とラジオ*13「安田さん『RECOVER』(1997年)以来の主役です!」と言った瞬間に戸次さんが「いや、『RECOVER』は僕主役なんですけど…やっぱり違ったのか!」と食いついたことです。贔屓が素直すぎるよ、森崎さん。
 
さて、前述にも少し出たように、森崎さんは今のTEAM NACSと同じように、外の劇団で経験を積んで、自分たち(当時は演劇研究会)に還元するという手法を取っていました。大学生にして芝居に対するこの考え方は、やはり単なるサークル活動では終わらせず、出来れば職業へと思っていたのでしょう。また、詳しくは不明ですが、森崎さんの他には現在のメンバーしか外の劇団で活動をしていたという話は聞きません。単なるサークル活動でいいのか、出来ればその先に踏み込みたいのか、その芝居に対する考え方の違いも、現在のメンバーでのTEAM NACS結成のきっかけとなったのでは?と思います。
 
さて、その外の劇団というのが、後に事務所の社長になる鈴井貴之さんが主宰していた伝説の劇団・OOPARTSと、NACSが一番出演している外部劇団・劇団イナダ組です。
 
劇団コンセプトは「ストーリー性のあるドリフターズ」であり、劇団名のOOPARTSとは「アウト・オブ・プレイス・アーティスツ」の略としていたが、これはオーパーツに考古学上の「場違いな工芸品」という意味があることから、そこからもじって「場違いな芸人達」というコンセプトで札幌演劇界に新しい風を送り込んだ。
 
Wikipediaより。
 
舞台にガラスの破片を撒き散らして、血だらけになった鈴井さんがお客さんがはけるより早く救急病院に運ばれるという演出どころじゃない騒ぎのお芝居をしてたというOOPARTS。しかし、当時の北海道では桁違いの動員数を誇っていました。
当時300人収容の札幌本多小劇場や倉庫などの芝居小屋が当たり前だった札幌演劇界の中、700人収容の道新ホールなど大ホールで公演。地元北海道では「1000人の客を集められる男」として演劇界にその名を知られた。
そんな鈴井さんと同年代で、同じく北海道で有名だった劇団が、劇団イナダ組です。鈴井さんとは正反対の、割と穏やかなお芝居。しかし、社会性の溢れるものが多く、じんわり考えさせられるお芝居です。OOPARTSは鈴井さんの独断と偏見での劇団だったため、90年代後半には完全消滅してしまいましたが、イナダ組はまだ現役で、イナダ組の役者とNACSの親友関係も続いています。最近、大泉さんが番宣で出た『火曜サプライズ』でウエンツ瑛士さんと共に何故かカラオケロケをしたラーメン屋の川井J竜輔さんも劇団イナダ組所属でした。 
 
そんな北海道の二大劇団で芝居を身につけていた森崎さん。最初はイナダ組に所属しており、OOPARTSの稽古場の斜め向かいに住んでいたこともあり、OOPARTSからも声をかけられました。二大劇団から声をかけられるのはすごいことだと思います。
 
(追記情報)2回目の2年生の時、定期公演を観に来ていたイナダ組の人に声をかけられ、『バブリスト』で客演として参加。これまでの演劇概念をみごとに打ち壊され、世界観が変わったと感じた時期であった。*14

 

森崎さんはOOPARTSにも一度入りましたが、イナダ組の公演と被ってしまい(追記情報)イナダ氏から主演抜擢の話を受け、どうしようと考えた結果、安田さんを半ば身代わり状態でOOPARTSに紹介します。ていうか森崎さんすごい!引き抜きに2回目の客演でいきなり主演!
 
しかし、その人選は間違っていなかったと思います。森崎さんのお芝居はやはりイナダ組のほうが合っているし、安田さんのお芝居はOOPARTSのほうが合っている。また、鈴井さんが安田さんをえらく気に入り「君の白地図に色を塗るのは俺だ」という名言を残しているほどで。ここで鈴井さんが安田さんを気に入ってくれなかったら事務所に入れず、こうして芸能活動ができるようにはなっていなかったかもしれません。その安田さんは、森崎さんを支えながらどんどん演劇にのめり込んでいきます。 
 

新鮮でした。普段、メイクなんかしませんからね。ドーランを塗ったり、スポットライトをどーんと浴びて。すべてが新鮮でした。*15

 
前述のように、決して明るくはない学生時代を過ごしていた安田さんが、スポットライトを浴びて大きな声を出す。何回も言いますが、演劇研究会に気の合う人がいてよかったね、安田さん。
 
さて、かなり長くなりましたが、戸次さんが入部する前までのエピソードは出尽くしました(笑)。間違っていたらすみません、教えてください。安田さんは入学早々演劇研究会に入部したわけではありませんが、このように後輩三人が入学する前からすでに森崎さんとの絆ができていました。12月に入部して、戸次さんが4月に入部するまで4ヶ月ほどしかありませんが、この二人の古い友情に後輩三人がどこか憧れを持っているような感覚が個人的に好きです。ワンツー、ワンツーうるさいもんね君たち(笑)。
 
 
また、安田さん戸次さん大泉さんは同い年ですが、三人共大学での学年は全て違う先輩後輩、という奇妙な関係もまたミソで。安田さんが時折、戸次さん大泉さんに対して叱ったり、話し方がお兄さんになるところが微笑ましいです。最後に、本当にちょっとしたことだけど、私の中でのワンツーの好きな会話を。
 
 
安田:リーダーですよね、役割は。
森崎:はあ、リーダーです。お前は不動のサブリーダーです。*16
 
 
さて、次回は演劇をやりたいと意気込んで入ってくる、新入部員・戸次さん編です。いつ更新できるかはわかりませんが、楽しいので頑張ります。
 
 
 



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*1:LOOSER~失い続けてしまうアルバム~』特典DVD「NACS CAMP2004」 

*2:ハナタレナックス特別企画 演劇ユニット TEAM NACSの真実』

*3:CUE HISTORY MUSEUMより

*4:ハナタレナックス』ハナタレ部屋

*5:ファンクラブ会報2006年9月号、および『TEAM NACS TEN』より

*6:ラジオ『NACS GOTTA ME!』2004年5月22日放送

*7:papyrus』2009年4月号

*8:『下荒井兄弟のスプリング、ハズ、カム。』パンフレット

*9:papyrus2009年4月号

*10:『下荒井兄弟のスプリング、ハズ、カム。』パンフレット

*11:ファンクラブ会報2006年9月号、および『TEAM NACS TEN』より

*12:ファンクラブ会報2006年9月号、および『TEAM NACS TEN』より

*13:NACS GOTTA ME!』2002年1月5日放送

*14:会報2003年12月号

*15:LOOSER~失い続けてしまうアルバム~』特典DVD「NACS CAMP2004」 

*16:papyrus2009年4月号